久々の大命題です。
大学に入って4年間、いろいろなところで仕事をさせてもらったわけなんですけど、どれについても「人を育てる」ということについて考えさせられる事がありました。
たとえば、上司が判断を先延ばしするような職場では下っ端の私たちは育たないということ。事務の仕事でしたけれども、先延ばしできる判断は先延ばしという状況でした。それでは、下で仕事をしていて安心できないわけですよね。となると、そこで学べる事ってどれだけあるんだろう...となってしまって、頭っから否定してかかってしまう、というようになります。実際に、私がそこの職場で学んだ事ってほとんど無いかもしれません。人生初めてのアルバイトだったにも関わらず、期待はずれだったのを覚えています。
続いては調理の仕事でした。トレーニングは特に問題なかったんですが、トレーナーさんですよ。休憩時間に厳しい職場でしたけど、定時に戻ったら「ささがーくんどうしたの?」と。「あ、お手洗い寄ってました。」と答えたら、「お手洗いは時間内に行ってきてね。」と返されました。間違いなく遅れていなかった以上、そのトレーナーには、非常に不信感を感じました。まぁ、その方はその後すぐに昇進しましたけれども、おそらく、そのころには昇進も決まっていて、精神的なプレッシャーがあったのかもしれません。ただ、どんな状況であれ、部下の話を聞き入れてもらえないようでは、部下からの信頼は得られないってことですよね。上司が部下を育てるためには信用・信頼が必要だなってことです。
続いて一番長く仕事をしていた大学広報の仕事です。主に事務ですが、キャリアをかってもらい、いろいろな仕事をさせてもらいました。本来ならば見学ツアーだけのところを、張り紙のデザイン、電話応対、出張などもありました。もちろん、最初は基本的な仕事だけでしたけれども、この2年間は、我ながらすごく成長したなぁと思いました。技術的にも、仕事をこなすという意味でもすごく成長できたんだなぁと。一月分のスケジュールを提出するなんていうことも私が入るまでは無かったんですけれども、何回も聞かれるのがいやになって、スケジュール提出を勝手に始めました。自由な職場だからこそ、上司からの信頼を得るために自らの努力が重要だって思ったのもこのときでしたね。
最終的にはスーパバイザーとして仕事をするようになり、他人のスケジュールを組んだり、自分の後輩の指導をするようになったわけなんですけど、遅刻三昧、仕事は遅い、スケジュールにはわがまま、などなど、これでもかって位に、スーパーバイザーとして扱いづらい後輩が居たわけですよ。しかし、その子は育つ様子もなく。トレーニングは寝ている始末。これじゃダメか...と思いながら、採用を決めたのは私の権限もあったので、責任を持たねばというところもあり、相当がんばりました。私は褒めて育てる派なんですけれども、「ほら、できるじゃん」で育つ子と育たない子がいるのを、その時初めて感じました。1年の終わりにもなると、さすがにその子も勤怠がよろしくなくなり、叱って躾けるという方針になりましたけれども...。
その次は、大学で授業を教えることになりました。これは、かなり「人を育てる」に直結しますね。それも、1対多数で教えるわけですから、こりゃもう、大変。幸い、演習なので1対1になって教えることも可能で、手を変え品を変え教えました。こればっかりは、私がどうやっても、本人のやる気次第なので、覚えてもらわなければいけない点が数多くあるわけです。となると、なんとしても育てなければならない。これは、仕事ならいつでも辞めてもらえるわけですが、それとは違った「なんとしても育てなければ...」というプレッシャーがありました。
しかし、幸か不幸か、私の担当したクラスは同じ授業8クラスの中でも脱落者の最も少ないクラスとなりました。ムードメーカーとなった先輩と、知識豊富でわかりやすく説明してくださる講師の方に非常に助けられました。やっぱりこれは「楽しい」と思うことが重要なんでしょうね。そう思いました。
そして、今の仕事ですね。さりげなく、これだけ「サービス業向きだよね」といわれるささがーとしても初めてのサービス業。会社としては調理の仕事と同じなわけですが、もちろん、下っ端なので、ミスもするし、イヤなこともあるし、怒られることもありますよ。
でも、やっぱり怒り方が重要なんだなって思いました。それまで自分が怒ったときにはどうやっていたかなぁと考えさせられるほど。理由を説明されずに怒られるのは非常に理不尽だなぁと。これって、人にお願いをするときにも重要ですね。「あなたにお願いするのはこういう理由があるからですよ。」って説明をしてあげる必要があるんだなぁって思います。
実は、トレーニングも終わり、一人で仕事をできるようになった初日。2回も安全確保に関わる手順を間違えてしまい、休憩時間に事務所でドア前にしゃがみ込み、トレーナーさんにミスしたことを言ったところ、「けが人は無かったの?」、「1回やったら、2度はやらないように気をつけるでしょ? それで良いのよ。」と言われました。この言葉にどれだけ救われたかって感じです。辛いときに突き落とすのではなく、どれだけ引っ張ってあげられるか、そして正しい方向へ引っ張り上げる方法って、こういう事なんでしょうね。これで、がんばる気になるっていうのも成長にはかなり必要な要素なんでしょう。
ある上司に怒られているとき、私が「その話は聞いてない」、上司が「イヤ、それはおかしい」と堂々巡りになっていたときに、別の上司に「ささがーさん、○○は××で...だから、こうしてもらうようにお願いしてるんですよ。」といわれた瞬間に納得しました。その日は自分の反省もほどほどに、なんで1人目の伝え方で納得できなかったのかを考えながら家に帰った記憶があります。
そして、初めて遅刻をしたとき。家で起きた瞬間にかなり焦ってました。というのも、ローテーション制の仕事なので、休憩時間を回す人が居るんですけれども、寄りによってそんなシフトの時の遅刻。直前に昼休み休憩を回すべきシフトの人が遅刻(それも数時間レベル)をしたために、お昼が回るかどうかがかなり微妙だった状況を見ていたので、かなりどきどきで出社しました。でも、上司には「起きた瞬間焦ったでしょ。」と言われ、私が「休憩回らないかもしれないと思って...。」と返すと、「幸い人手があるから休憩も回っています。安心してください。」と言ってくれたので、やっぱり救われました。そのあとも、少し話をしたわけなんですが無理矢理反省させると言うよりは、これからどうやって今回のようなことを無くすかなど、かなり建設的な話でした。一緒に考える事も、上司が部下を育てるために必要なのかもしれません。
# 実は、その時「目覚まし2つかけてみるとか...」と言われたものの、
# 既に3つかかっていた目覚ましをぶっちぎって遅刻したんでした。(汗)
とまぁ、いろいろあったわけですけど。なによりも重要なんだなって思ったのは、これって本当は楽しいんだって思うこと。その思いを残したままで、怒ったり、教えたり、ってとても必要なんだろうなって思いました。楽しいなって思えれば勝手に成長していけるんじゃないでしょうか。自分で「こうやってみよう」とか「ああやってみよう」とか思い始めたら、きっと成長し続けるんだろうなと。
まぁ、そんなわけで、今後も楽しく精進です。
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